裁くという事、そして裁かれるという事

神戸酒鬼薔薇事件にこだわる理由―「A少年」は犯人か
後藤 昌次郎 / / 現代人文社
ISBN : 4877982396
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改めて言うのもナンであるが、私は2年後に導入が予定されている裁判員制度に反対の立場を取っている。もっと言えば被害者による裁判への積極的関与にもあまり積極的に肯定していない。そう思う理由は様々だが、特に被害者の裁判への積極的な関与は十分慎重に期すべきだろうと考えている。

私は金にルーズな博打者だし、普通の方々と違い他人から指を差されないキレイな人生を歩んでいない、もしくは今後も歩みそうにも無い不届き者である。ひょんな事でいつ何時塀の中に入る事があるかもしれないので、それ故にこの問題はより身近に考えている事もあり、尚更にこの制度変更への不安が高いのだ。

私は最近、諸事情重なり各種の犯罪ノンフィクションの本や資料を読む機会が増えたのだが、その中で世間一般が彼が犯人に200%間違いないとメディア含めて、私自身も微塵も疑ってなかった事件の真相に重大な疑義があるのを今になって知るに尚更におっかなくってとてもじゃないが裁判に関与したいなどとは思えないのである。具体的な事名は避けるが、その当該事件の裁判資料等を見ていると、私の様な素人ですら、これが問題視されなかったのが信じられない様な証拠における重大な見落としや捜査側の瑕疵があったり、しかもその重大な瑕疵を含めた上で事件全体を見直すと、どうにも彼が犯人では説明の付かないことが見つかったりと、驚愕の事実が散見される事態となっている。

しかしあの時の世間の空気を今から思い出した時、仮にそれじゃあ証拠的に疑いが残るとして、推定無罪の原則に従って彼を無罪放免に出来るかと言ったら…正直その自信が無い。裁判員は匿名性を帯びると言っても世間からの圧力に抗し切れる訳が無い。また立場を逆にして、彼に私の身内があの事件の被害者であり裁判で死刑を求めたとする。そしてその通りに判決が下り刑も執行された後に、裁判では明らかにされなかった違う事実を知らされたら違う苦しみを引き受ける事になるだけだ。

確かに人間は完璧では無いし、冤罪が無い世界などどこにもないのは百も承知だが、ここ最近見ている事件の資料で知る驚きの事実は、世間を巻き込んた重大事件であるからこそ不安にさせる。衆人環視の中で捜査や公判が維持され、マスコミの取材もなされた筈なのに素人目にでも分かるような重篤な捜査ミスがスルーされてしまう現在の司法や警察、そしてそのチェック機関であるメディアの能力を考えると不安でたまらない。私は現状が維持されたままで裁判制度への市民参加は、危険極まりなく二次被害者を生むだけだと思っている。
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  by mf0812 | 2007-04-18 02:38 | 書籍

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