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仮想敵と対立軸

あくまで一プロレスファンとしての見解であるが、昨今長い間迷走が続いている新日本プロレスであるが、その原因として長きに渡りオポジション団体の設定を間違えてきた事が大きいのではないかと思っている。いや、内部の人間でもその事に関しては薄々気付いてはいたはずだ。G馬場亡き後、オポジション団体を全日から総合格闘技団体にシフトしてからと言うもの、物の見事に坂道を転げ落ちるかのごとく低迷の時代へと移っていったのは火を見るより明らかである。しかしミイラ取りがミイラになるというか、ここ数年の流れを見ると、選手もフロントも実体と役割を混合してしまったゆえの悲劇が彼らを襲った感がないでもない。

私は新日にとって、ポイントオブノーリターンは2004年の大阪ドーム大会だったと思っているが、この大会のマッチメイクは当初この年の7月にあったノアドーム大会を意識した正にノアをオポジションに設定したカードになっていたのだが…。まぁ諸事情が重なりメインで組まれた棚橋vs中邑は立ち消えになり、いつの間にかハッスルのメンバーが顔を見せたりといつもの如く訳の分からないカード編成になったのを覚えている人も…もういないかもしれないなw

さてここ最近のプロレス界の流れを見ていると、新日は再びオポジション団体にノアを設定してきたキライが見受けられる。まぁ余りにも遅すぎたけども、決してこれは悪い事ではない。そもそも猪木という人は、は常に世間を相手にしていると表面上は言いながらも、その中身は、いつ何時もジャイアント馬場と言う人をオポジションにして生きていたのである。「対世間」と言うのは、あくまでも猪木や新間が掲げたスローガン、言葉を変えれば「役割」であり、その実体は「対全日本」であった、これが新日本プロレスの本質であると私は結論付けている。

さて猪木の呪縛が薄まりゆく中で、現新日がノアをオポジションにしてリング内の展開を作っていく事は本来の新日の流れに戻ると言う意味でもいい流れだと思っている。ただそうした流れの中でGPWAという組織を対立軸にして使こうという一部メディア関係者がいることは残念でならない。確かに如何なる組織も内部が瓦解を始めると外部に仮想敵を作り一致団結を図る、というお約束があるが、どうもGPWAをそうした仮想的にしたがっている輩がいるのは気になるところだ。

新日とノアが互いに緊張関係を作り、切磋琢磨していく事に何ら異論はないが、こうした気運に乗じてGPWAを仮想対立軸に設定して無意味に煽るのは頂けない。何が頂けないかって、それを煽り立てているのがメディアの中にいるライターがやっているから、いただけないのだ。何度も繰り返すがこのGPWAという組織は、設立理念から考えれば、決して団体の対立軸として存在するべきものではないのである。それを無理矢理に話を作ろうとするから、変に事が荒立ってしまうのだ。何処の誰とは言わないが、一部の偏狭な視野しか持たない記者と言う名の癒着屋がせっかくうまく行きそうなものをぶち壊してしまう事は、プロレスの世界に限った事ではないが、この間の週プロの状況認識不足の記事を見るにどうも危うい感じがしてならない。まぁ私の思い過ごしで終ってくれればいいのだが。
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  by mf0812 | 2006-11-28 03:46 | プロレス格闘技

プロレス雑誌衰退の理由を考える

今日発売の週刊プロレスにはナカナカ刺激的な内容の記事があった。「全然ダメ!」という煽り文句がデカデカと書かれた見開き2ページの特集はこの間この日記でも触れた新しく出来たプロレス団体の互助組織であるGPWAの第1回興行に関してだった。文責を担う記者は、記事内で手厳しい批判を加えている。試合後の北斗のコメント等を引用し各種の試合内容にダメ出しをしている。私にはこの様な他者のコメント、しかも幾分の誇張が含まれた装飾されたコメントを引用しながら興行の批判をするやり方に少々の違和感を覚える。虎の威を借りて何とやらじゃないけどもそう言う物言いがちょいと引っ掛かる。

確かに何でもベタ褒めをすれば良い訳じゃない。基本的にネクストと経験の無さが問われた興行であるからして最初の評価が辛口になるのは悪い事ではないし厳しい目で興行を批判するのは歓迎であるが記事を読んだ感想を言うと、どうもその記者の批判のポイントが随分と違う気がするのである。率直に言えば興行の主旨をちゃんと理解した上で記事を書いているのかかなり疑問が残るのである。

あの日の興行を見たものから言わせて貰えば会場の進行もスムーズで、会場の空気も程好く温まった、なかなか居心地の良い興行であったと記憶している。この興行がダメだったとされたら、いい興行を探し出すのは困難を極めてしまう。記事内では満員になり切らない客入りに関しても苦言を呈していたが、そもそも連盟興行の主旨を考えれば連盟興行が観客動員で一人勝ちして参加団体の主興行に客入りの影響が出てしまえば本末転倒になる訳で、どう転んだって自団体の客入りを犠牲には出来ない以上、通常のチケット販売は出来ないという前提がある。客入りに関して言及するという事はそれを全て無視した物言いであり、尚且つ今回の興行の狙いから言えばネームヴァリューの無い若手のみでメインを設定するのがデフォルトな訳で、そこで客入り云々を言うのも片腹痛いではないか。それとも大物選手が出るべきだと言いたいのであろうか。それでは単なるオールスター興行であり、そうでないからこその意義があるのがこの連盟興行の肝ではないか。それにだ、正直この日の客入りで文句を言い出したら全日や新日のメジャー団体だって平日夜の通常興行やったら同じ程度しか入らないんだから、そちらの方にも言及するべきであろう。

また基本的にこの日の興行はGPWAの運営資金を捻出するためのものなのだから通常の興行とその利ざやの追求の方法は違ってくるのが当たり前である。そして殊更連盟の名を前面に押し出していくのも連盟設立の理念から推し量れば違うわけである。単純な若手メインの合同興行ではないという興行の主旨を理解せずに、以前行われたジュニアタッグのトーナメントであるディファカップと主旨を混同して批評してしまうから「時代を掴め」とか変に力の入ったテーマこしらえて連盟興行を語ってしまうような、ヘンテコな記事が出来上がってしまうのだ。

第一この日辛口のコネントを出していた高山のファイトも決して褒められた内容ではなく対戦相手の森嶋がかなり手加減していたのが明白だった。にも関わらずそうした高山らが発する多分にリップサービスの混じったコメントを借りて、興行の批判を加えるのは手抜きとしか思えない所業である。大体高山らだって心の奥底ではそう言う事を一番分かっている筈であろう。それをキャラ設定から発せられた大物レスラーや関係者の言葉にただ乗りして腐せるのは明らかに間違っていると指摘せざるを得ない。

またこれは前から思っていた事であるが高山やみのるらのフリーランス選手や秋山や蝶野らの口が立つ選手らの表向き用の装飾されたコメントを記者がそのまま引用するパターンはそれそろ止めたほうがいいだろう。余りに芸がなさ過ぎる。例えば今回のGPWAに関しも同じで、若手らが自分達の力で何処までやれるか、そして各団体の共存共栄が問われている大会で、最初の回から高山やみのるらが言う様に三沢や大谷が最前線に出てきたら、興行開催の意味がなくなっしまう。それにだ、高山や鈴木だってホントはその辺良く分かっていてあくまでもメディア用に設定されているキャラに乗っかってある意味リップサービスで言っているのだから、それを素人みたいに真に受けてどうするという気持ちが強い。秋山などはこうしたことでかなり損な役回りを演じさせられている部分もあり、いち早くこうした建前の関係は清算すべきか、記事を書くほうが上手く端折るべきであろう。でないとお互いにとって余り幸福を齎せるとは思えないのである。

さて連盟興行に話を戻そう。最初にこの記事に強烈な違和感を感じた一番の理由は、記事を書いている記者がプロレスそのものを凄く軽く考えている様に思えたからである。だってね、プロレスってデビューしたての選手らが当日初めて顔をあわせてその場でバッチリ噛み合う様な簡単なものではないじゃないの。過日行われた全日の世界最強タッグ開幕戦のメインで行われた天山と小島の試合が好例だよ。対戦相手のロージーと諏訪魔と全く噛み合わなくて試合内容が散漫になっていたが天山や小島クラスですら初顔合わせの相手や久し振りに組んだ試合だと、ああしたバタバタになる訳で、この日のメインは試合を作る役割を担っていた菅原が中途で負傷するアクシデントに見舞われた中で確かにいろいろと課題は見えたが、初顔合わせでしかも初タッグ同士の中で出来うる限りの事をちゃんとした内容でありとてもじゃないが「全然ダメ」などと書かれる内容の試合でも興行でもなかったと思う。

プロレスの雑誌媒体がネットにより速報性を奪われ衰退している中だからこそ、彼らには腰の座った確かな視点による興行や選手への批評力が求められている訳であり、こんなキャラ設定言語に乗っかり、お手軽な批判記事を書いていては、良かろう筈も無い。今の時代、モバイルサイトのほうが速報性も、試合レポートも相当に詳細であり、しかも時折書かれているコラムもプロレス雑誌で読むものより数段レベルの高いものを見かけることが多くなっているのだ。今のところそうしたモバイル関係の記者らはらは自分らの署名入りで記事を書ける状況ではない様であるが、署名記事で紙面を飾っている記者よりも、仕事の量もそして質もはるかに上回っていると私は確信している。彼らがプロレスファンの市民権を獲得しつつある今、雑誌メディアの人間はもう少し危機感を持たなければ、このまま時代の波に溶解していくのみである。

昨今激しさを増しているプロレス雑誌の衰退速度は時代の必然であり、そして自業自得の部分もあり、もっと言えば周囲の状況変化に全く自分達から付いていけない、ある意味自爆テロみたいな側面があるのではないかと、一読者としてそれこそ辛口に物を申し上げたい。
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  by mf0812 | 2006-11-22 03:45 | プロレス格闘技

今更であるが…ディープインパクトの失格に関して

ディープインパクトの薬物失格事件に関して、JRAから一連の経過が先週発表されたが、まぁ細々した事はいろいろとあるんだろうが、今後こういう事が起きないためにその辺をちゃんと調べて今後海外遠征する馬たちへの大事な資料としてストックしていけばいければなと。確かに事の結末は最悪だったが、起きてしまった事の経緯を見るにそれほど重篤な問題が生じた感じではない様だしね。

まぁこの問題の大枠は、最近飛ばしが多いと悪名高き週刊文春などに書かれていた様な「ドーピング目的」で薬物を使用した、というのではのでなくて陣営が治療目的で使用していた薬が関係者同士の連絡や伝達ミスが起きそこから更に様々な偶然が重なった結果、不幸な結末を迎えたというのが事件の根っこであろう。事態の責任を取り厩舎の最高責任者である池江調教師がペナルティを受けるのは当然であるが、繰り返しになるが今回の騒ぎは決して抹茶を与える的な薬物投与(俺も例えが古いな)ではなく、陣営の経験不足や連携不足による細々した点でのミスが大事に至ったというのが騒ぎの本質である訳で、基本的には人間のやることだからこういうミスは必ず起こり得る、という類の話ではないかな。

ただ一点だけ、この事で大いなる問題点を指摘しておきたいのは問題発覚後の理事長を筆頭にしたJRAによる初動広報がお粗末だった点とそれを報じたマスコミの知識、認識不足による誤った報道方針ではないかなと思っている。だから、みのもんた如きにディープインパクトが薬物飲んでたから強かったみたいな底の浅いヨタ話をされてしまうのである。(しかし郵政民営化の時も思ったが、あの番組のブレーンには、世の中で起きている事をちゃんと理解してみのもんたにレクチャーしている人間はいないのか?)

とにかく競馬界としてはこうして起きたミスを貴重な財産として考えて今後遠征する陣営に為にもJRAはもう一度細かなところをきちんと調べなおして時間を掛けて構わないから、ちゃんとした事件報告書を作り上げて、それを公表し、競馬界としてデータ化した上でそれを共有化させる義務がある筈だ。取り合えず対外的な発表は一段落したんだし事の大枠はこれで片付いたんだからそれはそれとして、これからは「ディープ後」の為に徹底的な調査が求められる。“失敗のノウハウ”の積み重ねこそが、将来への大いなる成功への礎になるのだから。当然競馬マスコミはその辺を今後も十分に監視して、何なら自分達でも検証して、JRAの調査と突き合せて見てもいいだろう。調査報道の継続を望みたい。
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  by mf0812 | 2006-11-17 16:35 | 競馬

GPWA興行

昨日の夜はCSのG+でGPWAというこの度新設されたプロレス団体の互助組織による旗揚げ興行の模様を放送していた。メインは若手6人によるタッグ戦。初顔合わせが多かったので見る前に期待値をかなり低目に置いていたのだが、こちらの想像よりも頑張っていたのが印象的だった。プロレスは経験がモノを言うだけにメンバー中でも経験豊富な菅原が中途で怪我をしてしまい、さてこの後どうなるかなと思っていたが、残ったメンバーがちゃんと試合を作ったのには感心した。試合内容は正直後楽園のメインという点において考えるなら及第点ギリギリだと思うが、私はそれでよかったと思っている。デビューして日の浅い連中だけで後楽園のメインを飾るのはどれだけ大変かはベテラン揃いのメジャー団体の試合を見ていたってよく分かる。今日メインに出ていた選手らは貴重な経験を積んだと思う。今後への糧を得る事、それこそがこの連盟興行のメインを務める最大の意義である。

若きプロレスラーは、成功や失敗、躊躇いや戸惑いなど様々な経験を積みそれが血となり肉となって次への試合に生きていく。そして我々観客は日々の興行を追いかけながらその選手が育っていく過程を楽しんでいく、これもプロレス観戦の大いなる面白さの一つだ。今日の様な初めて手を合わせる、もしくは初めてコンビを組む若手同士の試合で完成された試合など提供出来るはずなど最初からありえないし、逆に言えばそんなものは見たくもない。可能性の発芽を感じ取れるか、その1点が大事なのである。そう言う意味ではK-DOJOのKAZMAやHARASHIMAらの動きにそうした兆しを感じ取れたのは幸いだった。

一方メジャーに所属しているノア期待の若手潮?アは、不用意に崔のキックをもらい中盤動きに精細を欠いたのは残念だったし、いろいろと課題を残したがラストできっちり興行を締めたのは最低限度の仕事をしたという感じで一応の役目を果たせたか。他の選手もいろいろと不完全燃焼だった点もあるかと思うがそうしたフラストレーションを試合にぶつけ、次につなげればそれでいいのである。

問題は今日の試合を基準点として、どれだけの成長を次回に見せることが出来るか、ある意味では今日の試合は次回開催とセットで評価を下さなければならないのかもしれないが、それこそ通常興行や単発の記念興行的なものとは異なりネクストへの比重が大きい事がこの連盟興行のツボであり主旨であるとみる。
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  by mf0812 | 2006-11-14 16:36 | プロレス格闘技

アメリカを見つめる眼 イーストウッドの視座

アメリカ人なら誰もが知っている若い兵士らにより星条旗を掲げた一枚の戦争写真。カメラマン、ジョー・ローゼンタールが撮ったその写真は第二次世界大戦の勝利を最も象徴的に切り取った珠玉の作品として今も時代でもアメリカ国民の中に刻み残されている。この写真の背景にある隠されていた残酷な真実を描いたのがクリント・イーストウッドが監督した最新作「父親たちの星条旗」である。

一見プライベ-トライアン風の映画に見えるが、この映画アメリカにとって誰からも文句の出ない正義の戦争であった第二次世界大戦を追憶する美化された戦争映画でなく普遍的な国家と個の関係について言及した辛口な人間ドラマだ。未見の方もおられると思うのでストーリー説明は割愛するが、この作品でイーストウッドが訴えているのは、いつの時代でも政治によって戦争は歪められ、若者はその最初の犠牲者となるという悲しい事実である。『政治家は戦場の最前線にいる者の運命よりも己らの権力を行使保持する事にしか関心がないのだ』イーストウッドは静かに映画の中で語っているが、言うまでもなくこの映画は60年以上前の戦争の話を描きながら、今現在行われているイラクやアフガンでの戦争に関しても言及しているのである。硫黄島の戦闘で亡くなった両軍兵士の平均年齢は19歳。イラク戦争でも戦場で命を落としている兵士の平均年齢は20代前半だ。

映画の中ではネイティブアメリカンの若者が戦場から帰った後も政治に愚弄され心身ともに傷つき疲れ果てていく姿を静かにそして残酷に映し出していくが、こうしたマイノリティーの若者が犠牲になっていくという構図も当時と今も全く変わっていないし、メディアによって戦争の英雄が作られていくという様も変わらない。

旗を掲げた若者らを襲った悲劇とイラク戦争で話題になった女性兵士のジェシカ・リンチや元NFLプレイヤーでありながら高額のギャランティーを蹴ってアフガニスタン戦争に志願し戦場で亡くなったパット・ティルマンの例が激しく重なる。リンチの場合は例の救出劇が捏造であった事が判明しティルマンの場合も戦闘でなく友軍兵による誤射により亡くなったにも関わらず軍がその事実を把握していたのに事実を隠蔽し続け、テロリストとの戦闘によって勇敢に亡くなったとメディアに喧伝し国威発揚に利用した事が後になり遺族の追及により判明した。

そう、歴史は繰り返す。イーストウッドは声高でないが、事の本質を静かにそして冷徹に描き出す。今作ではその姿勢が今までのどの映画よりも徹底しているのが印象的であった。

イーストウッドは、今まで敢えて戦争に関してその本質の議論からは距離を置いてきた。過去に数多くの戦争映画に出てきたがそれらの多くはあくまでも娯楽作品としての戦争映画である。彼の作品にはベトナム戦争が一切出てこないのは偶然ではないだろう。彼は今までベトナム戦争に対してハリウッドでは珍しく積極的な態度表示をしてこなかったが、丁度マネーメイキングスターの座から半分下りかかった80年代後半に入り彼の姿勢に微妙な変化が出始めていたのを私は感じていた。

80年代後半以降のイーストウッドは自らの映画人生を総括でもするかのように、過去の自分へ決別するかのようにある意味で自己否定ともなる様な作品を作り出し始める。彼はまず「バード」でチャーリーパーカーという破天荒なジャズマンの生涯を描きながらアメリカ社会に横たわる人種差別の問題を抉り出し「ホワイトハンター、ブラックハート」では現在のハリウッドシステムへの皮肉を込め、「許されざる者」では西部劇のヒロイズムを完全否定し「ミスティックリバー」では自己防衛、復讐、因果応報というアメリカ社会に未だ残る考え方に疑問を投げかけ「ミリオンダラーベイビー」では遂にアメリカ人の宗教観、死生観にまで静かに踏み込んでいった。

そしてイーストウッドは今作にて「アメリカンジャスティス」「アメリカンヒロイズム」とも呼ぶべきアメリカ社会に根深く存在しているそうした英雄思考をモノに見事に完全否定した。ハリウッドで映画スターとして名声を築き上げてきたイーストウッドが辿り着いた先がこの「父親たちの星条旗」かと思うと個人的に極めて感慨深い。そして12月にはアメリカのメジャー映画が今まで完全に避けてきた、戦争の相手側の心理を冷静に描いた「硫黄島からの手紙」が公開される。映画人イーストウッドは、老いて尚盛んに今のアメリカを鮮やかに切り取り、スクリーンにそれを刻み続けている。常に今の時代を見つめつつ、批判精神溢れる視点を欠かさないイーストウッドの映画魂に衰えはない。いや、衰えどころかマスマス磨きが掛かっている。改めて言うまでもなく私の今年度ベストワンは今作に決定した。
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  by mf0812 | 2006-11-09 16:37 | 映画・ドラマ

祭りの後の火の車

この日記を読んでいる人で米国の株式市場に資金を投入しているような方はおられないとは思うが、もしもそう言う方がおられれば早急に選挙が終るまでの間にリスクヘッジをされたほうが賢明かと思われる。今アメリカでは空前の株式市場が上げ潮状況になっているが、これは極めて人為的な匂いが漂っている。田中宇氏の分析を待たずして、この事はアメリカの経済ジャーナリストの間で最近言われ始めている事で彼らの主張としては中間選挙対策としての粉飾が終わりを告げるこの7日以降、分岐点が来るのではという推測だ。

実はアメリカの政府内には大統領直属組織である「大統領府金融市場作業部会」というものがある。ニューヨークポストの記者であるジョン・クルーデルのレポートによると1988年にレーガン大統領によって作られたこの作業部会は、財務省や連邦準備銀行、証券取引委員会、先物取引委員会などの代表者によって構成されており、もともとの役割は金融市場が暴落した時等に一時的に政府が民間金融機関を動員してテコ入れ政策を行って事態を改善するために作られたものであり本来この作業部会は年に数回しか開かれないそうである。その組織の成り立ちなどからして相場が堅調なときは休眠状態であるのが通例であるが今年の7月、ゴールドマンサックス会長だったポールソンが財務長官に就任した途端にこの作業部会が4.5週間に1回の割合で突如開かれるようになり急に活発に動き出した。

クルーデル記者はこの作業部会が「中間選挙対策用株価下落防止チーム」であるに違いないと指摘している。同じ様な指摘をしている学者やジャーナリストは多い。どうやらポールソン財務長官は就任時にブッシュから選挙対策経済運営を命題とされており、それに応えて国内経済を無理矢理良くする為に石油価格の恣意的調整を始めとして、ありとあらゆる事を試み、そして実行に映したのだが、そうした一連の動きを見るにこの作業部会を根拠にしてそれらを利用したのではないかと言うのが彼らの読みである。何せこの話が眉唾ではないのは天下のウォールストリートジャーナル(=アメリカを代表する保守系の経済専門新聞)までもが表現は違うが、同じ主旨の事を書いている位だ。

選挙対策とは言え何の代替財源も用意せず4億ドルの減税と35%の政府規模拡大を行いながらこれだけの政策的な無茶をしていたらそのツケが必ず来るのは経済素人の私ですら良く分かる。現在の米国株式市場の状況を見ればある日突然ブラックマンデー的な大暴落が起きても何ら不思議は無い。
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  by mf0812 | 2006-11-07 16:39 | ニュース・評論

民主主義、万歳!

明日、アメリカでは上院下院の中間選挙が行われる。実は今回の選挙に関しては世界中からメディアを始めそれと付随して民間組織の選挙監視団も訪米している。アメリカで監視団?それは何故か?理由は簡単で今回の中間選挙では与党側による選挙不正が行われる可能性が大きいと予想されているからだ。信じられない話だがアメリカの国政選挙の信頼性は世界的に見てかなり低いのが現実である。何せ前回の大統領選挙では国連から派遣されたロシア人の監視員が「米国大統領選挙が我が国の選挙よりもヒドイとは思わなかった」という言葉を残した程で、前回の選挙が如何にいい加減だったかが分かるだろう。

私もBBC放送が放送したアメリカ大統領選挙の実態を見るまではこの話を「どうせ一部の跳ね上がりや陰謀好きな人間らの妄想だろう」と思っていたのだが、そのVを見て唖然とした。この事は以前この日記でも書いたと思うので重複は避けるが、今回もそうした不正が行われそうな気配が濃厚で、それ故に前乗りして各団体が監視をしているわけである。実際に早速オハイオやフロリダ、アリゾナ、インディアナ、カリフォルニア等の勢力が拮抗している州では投票規定を突如変え少数民族等への投票妨害が行われるだろうと言われている。前回の大統領選挙でもありとあらゆる妨害を施し各種メディアに名指しで批判されているオハイオ州務長官ケネス・ブラックウェルなどはすでに今年の選挙に備えて投票所での出口調査を禁止して“修正”しやすいように画策しているとさえ言われている。

その他でも事前段階ではシカゴで135万人分の有権者登録のデータベースが外部から容易に操作可能というシステムの不具合が発覚したりと相変わらず温いおざなりな管理状況である。しかも今回使用される電子投票用機械はナント選挙の管理員が投票終了後に機械をまるごと指定以外の場所に持ち寄ったり集計のプログラム内容を彼らが勝手に容易く変更できたりもするのである(嘘だと思うでしょ?私も思いましたよ、BBCのの調査報道見るまでは。でもこれがホントなんだから大笑いですよ)

私の予想では上記の様な事もあり上院で民主党が過半数を取るのは至難だと思う。万が一、上院までも民主党が勝ったとすれば、それは票差以上の大勝利だと思ったほうがいい。一部サイトの予測では投票率にして60%以上を民主党が取らないと勝てない位の不正が行われるだろうと言われてもいるのだが、これが世界に民主主義を売り込んでいるアメリカという国の国政選挙の実態であると思うと少々物悲しい。
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  by mf0812 | 2006-11-06 16:39 | ニュース・評論

競馬コラム JBCを想いながら

仕事に向う途中、車内で聞いていたラジオで今年の天皇賞、菊花賞共に前年度比80%の売り上げに落ち込んでいると言うのがニュースで取りあげられていた。ディープインパクトの逆効果かなというコメントが添えられていたが、私が思うにそれは余り関係は無いだろう、それよりもJRAの経営努力が足りていないほうが大きいかと思われる。まぁ確かに昨年巻き起きた“ディープインパクト祭り”に吸い寄せられたライトユーザーがスッカリ離れてしまったという側面はあるかもしれないが。

今まで日本競馬には何度かブームが起きているが過去のブームと昨年のディープインパクトブームが異質だったのが、勝ちのみに焦点を与えられた点にある。社台産のエリートホースに鞍上には天才武豊、負けを知らずに勝ち続けていく。勝利至上主義時代が産み出した完全無欠のヒーロー伝説に競馬を知らない人までもが吸い寄せられていった。今の中央競馬は地方競馬出身のスーパーホースハイセイコーとオグリキャップのお陰で今日の隆盛を極めてたと言い切っても過言ではないが(ハルウララブームが面白かったのは、本来なら絶対にこのブームが中央競馬に還元されない点だったのだが、よからぬ輩のせいで水泡に帰したのは返す返すも残念だった)彼らは勝ち続けた時もあったがその一方で大舞台で挫折を何度も味わった。栄光と挫折を繰り返す波瀾万丈の人生(馬生)模様を我々に見せてくれた。我々はその“物語性”に吸い寄せられ、競馬の世界に魅入られていったのである。博打であるにも拘らず、この物語はある瞬間、観客は勝ちよりも負けに美学を感じ取っていたのだ。と、今までの歴史を踏まえ、今の状況を見るに今回のディープ祭りは終ってみれば競馬の埒外で起きた特異な事例だった可能性だけを残して終結してしまうのかもしれない。それは寂しいなぁ。本当の物語はここから始まるはずなんだが…。

さて明日からは川崎で地方競馬の祭典であるJBCが行われる。今年は2日間に渡る施行と言う過去に前例の無いスタイルで開催される。まず2日の夜にJBCマイルが、翌日3日の昼間にJBCクラッシックが行われる。アジュディミツオーが体調整わず間に合わなかったのは残念だがなかなか面白いメンバーが揃い馬券的にもいろいろと捻り甲斐がありそうである。馬券を離れて考えてみても、JBCなどこうしたイベントが地方競馬発のブームメントが発生するきっかけになればいいのだがなぁ。ただ相変わらず中央競馬では、例年通りJBCの前宣伝は殆ど行われず、協力する気は殆どないようであるのは残念であるが。
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  by mf0812 | 2006-11-02 16:40 | 競馬

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