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カテゴリ:スポーツ( 83 )

 

NFL AFC ファイナル コルツVSペイトリオッツ

好勝負が名勝負となるには物語が必要とされる。アメリカンフットボールのAFCカンファレンスファイナル、インディアナ・コルツvsニューイングランド・ペイトリオッツが、アメリカンフットボールの歴史に残る名勝負になったのは、数え切れない物語がフィールドの内外に溢れていたからだ。

現役最高の記録を数多く持つペイトン・マニング率いるコルツは、ここ数年リーグ戦は無敵の強さを誇り勇躍プレイオフに進むも、いつもいつも現役最多数のスーパーボウル覇者経験者であるトム・ブレイディー率いるペイトリオッツに悉く跳ね返されてきた。フットボールの世界では名門中の名門であるマニング家の一員であり、数々の記録を更新し続けてきたイーライ、そして雑草とまでは言わないが決して光の当たる舞台を歩き続けたタイプではないブレイディという対照的なその二人のクオーターバック、そしてアフリカ系黒人として苦学しながらアメリカの国技であるアメリカンフットボールの世界でそのトップの地位を己の手で掴んだ名将、しかしどうしても後一歩でスーパーボウルに進めずに常にメディアから批判をも同時に受け続けてきた苦労人であるコルツのダンジーHCと、冷徹の勝負師と言われ、勝つためにヒーローは要らぬと言い切る信念の知将、名将であり、ペイトリオッツ王朝を一代で築き上げた鉄血宰相であるビル・ヴェリチックHCという指揮者二人の存在も鮮やかな対を成していた。

物語は加速して当日を迎える。コルツのホームフィールドは前半21-3という大差が付いた段階で静まり返っていた。しかし勝負の女神はここから忙しなく動き出す。徐々にコルツの勢いがペイトリオッツが押し続け、残り1分3点差、1ヤードでタッチダウンという段階で、知将ベルティックがギャンブルを放つ。時間を考えての捨て身の戦法、それはわざとタッチダウンを許し、残り時間で再逆転を狙うという肉を切って骨を断つという、正に誰もが想像できない、この土壇場での博打であった。

ベルティックの指令を受け、ブレイディーが着実にヤードを稼ぐ。残り時間は30秒、下を向き神に祈り続けるマニングの姿と会場に溢れかえるコルツファンの祈りと叫びがシンクロする中、勝負を掛けたブレイディーの投げたボールがコルツ守備陣の中に吸い込まれた瞬間、マニングとダンジーが5年掛けて挫折を繰り返し、批判を受け続け、大切なものを失い、そして傷だらけになりながら挑戦し続けてきた彼らの祈りが通じた。

いくつかの必然と偶然が重なり合い、様々な物語がかき集められ、それらが一本の糸として紡がれた時、好勝負は名勝負となり、人々の心に永遠に刻まれていく。スポーツの醍醐味を堪能できた、見事な試合であった。この美しき物語の前に勝者も敗者もない。彼らは勝敗を超え、一筋の光を我々観客に無償で与えてくれる。この素晴らしき戦いにただただ感謝するしかない。
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  by mf0812 | 2007-01-24 03:17 | スポーツ

ボクシングジャーナル 川嶋TKO負け

川嶋引退、10回TKO負け/ボクシング - バトルニュース : nikkansports.com

個人的には前回の試合の判定結果には納得がいっていないのだが、まぁいつ何時も、ボクシングの判定とはそう言う部分があるのでそれは仕方ないとは思うが、今回の川嶋のボクシングスタイルは明らかに判定勝負を拒絶するかの様な闘い方だった。

勝利に拘るならこの闘い方が良かったのかどうかは判断が微妙であるが、私が思うに今回の川嶋は勝敗に拘ったのでなく自分の気持ちに拘ったのだと解釈した。その答えがこのファイトスタイルだったと思う。 敗れたという結果に対してでなく、その闘い方を見て、私は切ない気持ちを押さえ切れなかった。人生のタイミングとはかくも難しいものだと認識する。

しかしこの次、今度こそ川嶋には勝利に拘った試合で決して欲しい。その体力も技術もまだあると思っている。
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  by mf0812 | 2007-01-03 23:00 | スポーツ

分岐点

日本テレビが巨人戦中継を大幅に削減 - 芸能ニュース : nikkansports.com

日本テレビでは10年程前に、まだ長嶋政権時代の話であるが、ジャイアンツ戦の分析を行いある結論に至ったという噂話を聞いた事がある。それは「野球もサッカーの様な地域密着型の方向にシフトしないと20年後には地盤沈下しかねない」提案よりも10年早くその事態が来た訳だが、日テレの野球中継の現場ではテレビや雑誌で「読売」の名前が出るたびに苦虫を噛み潰していたという。局内で極秘裏に行われた世論調査でジャイアンツ人気の低下の理由として上位に挙げられていたのが「読売の存在」であり「ナベツネの存在」であったからだ。

実は10年前の分析の結果、日テレの現場サイドでは巨人中心主義から変更していこうと言う事でスポーツ系以外の番組でもそれをシフトさせていくことになりその象徴としてのキャッチフレーズとして考えたのが長嶋監督が大きく写るポスターに大きなバツが書かれた「巨人を棄てる」という刺激的なコピーだった。

しかしこうした方針、指針は結局読売上層部の不快感表明により全部吹き飛んだ。日テレスポーツ班現場サイドに根強くある読売不信はこの時がキッカケじゃないかと、如何にも事情を知っているという自称テレビ局関係者に話を聞いたがまぁ彼の話を半分に聞いたとしてもだ、現実問題として去年だか一昨年だかにあった日テレの放送時間短縮要請を読売サイドが却下した段階でこうした惨状になる事は現場は分かっていたわけで腹の底では「だから言わないこっちゃない」と思っているんじゃないのかな。

因みに今日の株式市場では巨人戦の放送削減を好感して個人投資家を中心にして株が買われまくり、日テレの株価が急上昇しているが、何とも皮肉な現象である。

さてこのニュースを報じる夕刊フジには次のような一節があった「かつては国民を熱狂させたプロレスが、ゴールデンタイムで中継されないようになり、今や一部のマニアしか見ないものになってしまった。巨人もプロレスと同じ道をたどってしまうのか。今回の中継減が、その第一歩になりかねない」

大きなお世話である。では聞こう。テレビのゴールデンタイムで連日放送されたバレーボールの国内リーグはメジャーなのか?実はこの、テレビのゴールデンタイム放映=メジャー興行、という広告代理店がこしらえた共同幻想めいた図式とどう向き合うのか、どう接するのか、90年代以降のプロレスの歴史はこの幻想との戦いの歴史でもある。

新日本プロレスが最高に利益を上げた時代は、既に地上波のゴールデンプライムタイムから撤退していた時である。今の新日しか知らぬ他人には冗談にしか聞こえないだろうが、当時の新日は、エンターテインメント興行団体としては世界中でもトップ5に入ろうかという経営規模を誇っていたのである。しかしその後の新日はオポジション団体の設定を間違えて、創業者猪木も暴走をはじめ、徐々に自壊していった。

野球が「興行」として生き残る道を考える時に、この新日の辿った道ほど参考になるものは無いだろう。ゴールデンプライム幻想からの脱却と興行第1主義の徹底、これが出来るか出来ないか、野球の今後はそこに全てが掛かっている。
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  by mf0812 | 2006-12-15 17:38 | スポーツ

指揮官いろいろ

団体スポーツの世界で時たま使われる言葉に「パニックムーブ」というものがある。これは怪我人が続出したりして当初の想定していなかった様な緊急事態が起きた時に、当事者が混乱してしまい理屈に合わない方策を慌ててしてしまう事を指す。プロレスファンに分かりやすく簡単な例を出すなら新日本プロレスの現場を思い出していただければいいのだが、まぁそれはさておき、こういう緊急時に露呈し問われるのが団体スポーツにおけるトップ、つまりは指揮官のスタイルである。

野球の指揮官には広岡や野村の様なロジックで選手をコントロールしていくタイプもいれば、仰木監督の様な限られた戦力をシャッフルさせながら選手の持ちベーションを上手くコントロールしていく緊急時応対に長けたスタイルの監督もいる。また阪神監督時代の星野や第2次政権下時代の長嶋の様な己のカリスマ性を最大限に生かしてチームを結束させていくスタイルもあるだろう。

正に指揮官のスタイルは千差万別だがこの度パリーグを制した北海道日本ハムファイターズの監督ヒルマンの辿って来た変遷は非常に興味深い。彼は当初アメリカで行われてきた、もしくは自分で行ってきた指導方法や指揮のスタイルを通してきたが、徐々に日本人選手に合わせていく形に軌道修正していった。これが上手くいったのは勿論ヒルマン自身がそうした自己修整能力が長けていたという事が大きいがそれと同時に日ハムがメジャーリーグ同様キチットしたGM制度を導入していてヒルマンにサジェスチョンできる体制を整えていた点も大きかった。今年広島の監督に就任したブラウンもヒルマン同様、自分のやり方を徐々に日本式に調整しアジャストしつつあるが、ヒルマンにはいてくれた高田GM的な存在が今の広島にいないという点が気になる。東出を再生したり、梵を育成したりと、今期も確かな手腕の片鱗を見せているだけに、その辺のフォローが気掛かりだ。

今年の巨人を見ていると前回就任時と比較すると原監督は、チームが緊急事態に陥った時にやや「パニックムーブ」を起こし易いタイプの監督である事が実証された感じである。実はヤンキースのトーリ監督もそういう傾向が見受けられるが、彼らは実績のある選手の揃ったチームを任せると抜群の能力を発揮する所謂チームメンテナンスに長けたスタイルを身上としているが緊急事態への対応力が問われる時、彼らの脆さがそのままチームに反映してしまう。立場は違えど巨人とヤンキースの今年の敗因は、そうした指揮官の弱さ脆さが出てしまった部分も大きいような、そんな気がしている。
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  by mf0812 | 2006-10-14 05:25 | スポーツ

否定のための肯定

過日の内外タイムスの芸能欄では、ある著名(らしい)芸能記者による相変わらずの亀田一家批判が載っていたが、その文章では亀田一家の所作に苦言を呈し、それと対比させる意味合いで甲子園決勝で投げ合った二人の投手のさわやかな立ち振る舞いを賞賛、絶賛していた。

この日記を長年読んでいる方なら改めて言わなくても分かっていると思われるが、私はかなりのヒネクレ者である。なのでこういう何かを貶めるために何かを持ち上げると言う物言いが非常に気に食わない。健全な高校生らしいだの、これがスポーツマンシップだの、心が洗われる思いだ?等と何を言っている、ぶざけるなってんだと愚痴るわけである。

しかし冷静に考えればこれ程野蛮で残酷な無残なショーはないだろう。真夏の甲子園の決勝戦を2日連投するなんてまともじゃないわな、狂気の沙汰である。なのにそれを大人が、記者が、精神論かざして煽ってどうするの。2日で300球、アメリカ人から見たらクレイジーの一言だわね。いやアメリカ人でなくたってそう言うわな。勿論彼らに選手に罪はない、罪どころか彼らは犠牲者だろう。しかし喉元過ぎればなんとやら、人間とは忘却の生き物とはよく言ったものでかつての沖縄水産の投手の悲劇をみんな忘れてしまったのだろうか。

確かに今年の甲子園は野球の素晴らしさを改めて教えてくれた素晴らしい大会だった。準々決勝からの試合の数々が神懸かっていたのは間違いない。早実の斉藤投手、そして駒大苫小牧の田中投手、二人とも本当に素晴らしかった。しかし一方で運営側は相変わらずの興行優先の日程の組み方を止めようとはしない。今一度高野連と朝日新聞の責任を問いただすべきでは?こんな事、野球をやった事あれば誰だって分かる話だ。今年の甲子園で起きた、決勝2日間に起きた事は2チームの選手が素晴らしかった事を証明しても、決してスポーツの素晴らしさは体現してはいない。あれをスポーツと呼ぶのは間違っている。高校野球は我慢比べショーではないし滅私奉公の精神を発露させる場でもない筈だ。本当に野球が好きな人ならば、この2試合を見終えた後、感動と共に何とも言えない切なくて、痛々しい気持ちになったはずだ。もしかしたら彼ら二人の将来を消しかねなかったかもしれないんだから。

腐っても亀田家はプロボクシング、興行の世界で生きている。それと高校野球を並列にして見比べる事が如何に意味なく馬鹿げているかに気づけよと言いたくなる。亀田一家を叩くのも結構、ただ亀田を叩くのに甲子園を使うなよと言いたい、それだけの話である。
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  by mf0812 | 2006-08-24 16:17 | スポーツ

神様へのレクイエム

先週の日記でも触れた例のクロアチア戦後のジーコの記者会見の内容を完訳しているサイトを発見したので読んでみたら、発言内容の伝わり方が随分と違う事に気が付かされた。まぁ一言で言えば電通なりテレビ局への不満と言うよりも愚痴に近いというかまぁ「しょうがないな」という感じの話であるようだ。まぁそりゃあ、そうだろうな。テレ朝の翻訳者もそう言う風に受け取ったんで意訳したんでしょう。余り陰謀史観に捉われてはいけないなと反省する次第だ。でも電通の所作はおかしいですよ、やっぱりね。

只今活字メディア中心にして絶賛開催中であるジーコ監督&川渕会長批判は今後1ヶ月くらいは続くのかな?でもサッカー雑誌もそうだしCSのサッカー専門番組もそうだけどジーコの手腕に関しては前から各所で疑問が上がっていたのは事実で、個人的には何を今更感が強いのも事実。私でも見たり読んだりしていたんだから、それなりに様々な人の目に触れていただろうにとも思うんだがなぁ。そりゃあ大会前に煽るのはどの国のメディアも同じですよ。まぁ日本の場合少し煽りすぎの気がしないでもないですが。それに指示がないと何もできないと言うトルシエ時代の反省から生まれたのがジーコ監督であり、それはある程度あの段階のサッカーファンの総意と言うか目指す方向性でもあったじゃないのかなとも思っているのだが…。

私は長い間Jリーグというよりもその前身であるJFL時代からの柏レイソルと言うよりも日立のファンであるのでJリーグ誕生前の住金時代からのジーコをそれなりに見てきているつもりだが、あの人は総監督としての鹿嶋時代にはそれなりの戦術を持ち戦略を立ててやっていたのも知っている。あの目ぼしい選手が一人もいなかった鹿嶋をあそこまでのビッククラブにしたのは誰よりもジーコの力である。私ら日立のファンには当時カレカにジーコ的な役割を期待し渇望していた手前もあり、一足先にJで活躍していた鹿嶋の姿が眩しく映っていたものだ。

なのに日本代表監督になってからそうした鹿嶋時代の戦略家としての側面が影を潜めたのは何故なんだろうとずっと思っていたのだが、最近になり中田とカズのナンバーでの対談を読んでそれらの疑問が氷解した。どうもジーコは日本人選手を過度の評価しすぎていて、まるでセレソンと同じであると言う風に評価していたからなんであると。鹿嶋時代にはそれこそ手取り脚取り教えていた感もあったジーコが放任主義的になったのはこの辺にあるんだなと納得した。
残念ながら今回のワールドカップはジーコが思うほど日本人選手はレベルが上がりきっていない事を間接的に証明した形になったが3歩進んで2歩下がるのが世の常だ。次なる3歩の為に今回の後退を糧にしなければならないのだ。今回の事でまだジーコ的な扱いが早いのは分かったのだから次回からは違うアプローチで頂を目指せばいいのだ。そこでオシムを監督に、というのはサッカー素人の浅はかな考えかもしれないが筋として概ね合っている気がしている。

まぁ確かに芝居掛かった今回の一連の手続きに問題が全く無いとは言わないが、かといって辞任するほどの問題でもなかろう。まぁ川渕体制の独善性とかいう括りで活字メディア中心に今後も続々と批判が出るんだろうが、私などは不遇の時代を見て来過ぎたこともあるのか、こうしてサッカー協会の人事や行動に人々の耳目が集まるようになったんだなぁなどと感慨深く思っていたりもする。冷静に考えれば1次リーグ敗退は予想していた事でもあったし今回の敗戦は個人的には納得の出来事でもあったので別にこれが予選段階で敗退しワールドカップそのものに出られなかったとか言うなら責任問題も出てくるのも分からんでもないが、この程度の瑣末な事なら正直どうでもいい気がしないでもない。それよりも今後のJの充実を鈴木チェアマンには期待したいし川渕会長ら協会には競技の裾野を広げる為の懸命なサポートをお願いしたい。代表も大事なマターだがサッカー協会全体の仕事から言えばワン・オブ・ゼムのはずである。そこの基本だけは忘れないで欲しいし、私らしがないJ(2)のサポーターであるが、その辺りの動きには今まで以上に目を光らせたいなと思っている。

ただ最近の傾向でサッカーに限らないがスポーツ報道に関して(まぁスポーツだけではない気もするが)結果が出るまでは煽りすぎて、で、その結果が出ないと今度は叩きまくるというのが増えているけど、こうした極端すぎる反応は競技の発展にはあまり良くない気がする。もう少し中庸な意見が中心軸に座ってもらえないのかなぁと思ったりね。

因みに今後ジーコは欧州のサッカークラブで監督する事を希望しているそうだが、鹿嶋での手腕や今までのジーコの発言や行動などから推測するにモチベーションコントロールに失敗して低迷している有力チームなんかに就任したら監督としてそれなりの結果を残すと私は勝手に思っている。そうなってからジーコ再評価なんていう話がメディアから出てきたらそれはそれで笑うに笑えないが。
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  by mf0812 | 2006-06-28 10:45 | スポーツ

ウイングドフットの悪夢

ワールドカップを見て全米オープンゴルフを見てNBAのファイナル見てNHLのスタンレーカップを見て…なんていう無茶苦茶な生活をしていると完全に体内時計が狂ってくる。昼間から生あくびが止まらないダラシナイ日々が続いている。

しかし今日の全米オープンの最終日は、劇的というか残酷というか何と言うか。数年前の全英オープンで起きたあの「カーヌスティーの惨劇」を思い起こさせる「ウイングドフットの悪夢」とも呼べるような凄まじい試合となった。まぁ詳細は各メディアで御確認頂ければ幸いだが、最終ホールで起きた様々な出来事はドラマチックと呼ぶには少々甘過ぎる。辛口の人間模様と言うか、スポーツの熾烈さと言うか、運命の残酷さと言うか。ボキャブラリーの少ない私には上手く形容できないが、スポーツの深遠を覗かせる剥き出しの激烈を我々視聴者に見せ付けた。

毎年父の日に行われる最終日を鑑みれば、今大会は最愛の父を亡くし長期休養から明けて復帰緒戦となったタイガーのための大会になる筈だった。しかし難攻不落、難易度最上級に設定された今コースはそんな甘い幻想を持たせてはくれなかった。タイガーは見所無く予選落ちし、グーセン、ガルシアと言った有力選手も討ち死にした。長きに渡りメジャーを勝てない男と揶揄され続けた誇り高きスコットランドの帝王モンゴメリーは最終ホールで痛恨の3パットを犯して首位から脱落、メジャー優勝経験者フューイックも最終ホールでなんでもないパットを外して脱落。そしてアメリカではウッズよりも人気がある選手であり、何度も何度も全米オープンでは2位に甘んじその頂に届かなかった男、フィル・ミケルソンですらその刃から逃げ切る事は出来なかった。

最終ホール、パーで優勝の筈が、第1打を大きく曲げ、焦って2オンを狙った2打目が木に当たり30ヤードしか飛ばず、そしてグリーンを狙った第3打はバンカーに直接インし目玉に。既にこの段階でミケルソンの闘争心が再着火する事は無かった。結局ダブルボギーでプレーオフはおろか2位タイに撃沈。結局17番でチップインでパーを拾って命も拾った新鋭オギルビーが昨年末から続く安定性抜群のゴルフを花開かせ優勝。ミケルソンにとっては悪夢としか言い様の無い残酷な負け方であった。

昨年の最終日に優勝確実と言われながら自滅して沈んでいったグーセンの惨敗も記憶に新しいが、これ以上ダメージを追う負け方は無いと思われる今回のミケルソンに起きた出来事。私は昔から攻撃的な彼のプレースタイルが大好きなだけに一刻も早い彼の立ち直りを祈りたい。
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  by mf0812 | 2006-06-24 10:48 | スポーツ

悲しい共通項

今回行われているワールドカップで日本とト-ゴに共通している事柄があるのだがそれは何だろうか?という問いが、あるサイトに載っていた。何だろうと思って考えたが分からなかったので速攻で答えをみたら、試合開始時間が午後3時から2試合もあるのはこの2チームだけであるとの事。へぇ気が付かなかったなぁ。そういえば日本の第1戦は本当なら日本時間で火曜日の早朝4時からの筈だったんだよね、確か。

この時期のドイツの昼間が暑いのは良く知っている関係者が多い筈の日本サッカー協会にしたら正に痛恨の極みだろうがやはりお金には替え難かったのだろう。まぁ思うにこういうスケジュールになったのも今やアジアのサッカービジネスを一手に仕切りそして牛耳る広告代理店電通とテレビ局の要請があってこんな馬鹿げた事になったんだろうと思われる。試合終了後の会見でジーコがこういうスケジュールになったのは(炎天下の午後3時からの試合が2試合もある)テレビ局の性だと強烈に批判をしたのだがその理由がこれだと分かった。因みに私はBBCのサイト等でジーコの記者会見を拝見したが、BBC始めスカパーCS110で見ることの出来るフランスのTV5という局の番組や様々な活字媒体等で日本戦については触れているが海外メディアの論調としてはジーコに同情的で選手の責任を厳しく問う事が多いようだ。この辺が日本国内の活字メディアがジーコの采配への批判に集中しているのとは対照的でなかなか興味深い。因みに先に上げたジーコの記者会見を地上波で放送していたテレ朝は、その「テレビ局の都合で…」という部分の訳をカットしたそうな。そりゃあ散々自分達で盛り上げてその結果の敗因の一つが自分達の性だったとは言えないもんなぁ。

兎に角選手たちは最後まで頑張って悔いの残らぬプレーをして頂きたいと祈っている。それに今回は漸く夜中の涼しい時間にできるしね。そう言えば日テレで解説している北澤&武田コンビが事前番組で今回のワールドカップは日本には不利なスケジュールで組まれていると、ポロっと漏らしていたのはこういう事だったんだなと改めて納得する次第だ。

さてワールドカップもたけなわだがそろそろウィンブルドンも始まるしNBAとNHLも佳境に。そしていよいよ再来週からツールドフランスの季節が始まる。スポーツの季節真っ只中である。
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  by mf0812 | 2006-06-22 10:48 | スポーツ

モータースポーツ三昧

昨日モナコでは恒例のF1グランプリが行われていた。フジテレビ地上波の放送はコアなF1ファンには不評のようであるがそういうファン向けにCSの有料放送では予選から生放送で中継、そして番組内では我々世代にとっては懐かしい今宮氏や川井氏がマニアックな解説をしている。地上波は間口を広げる事を第一義に、そしてCSの有料放送ではとことん奥行きを追求する形にと、これからのスポーツコンテンツの放送はこういうスタイルが標準になっていくんだろう。昨日アメリカはメモリアルディだった事もありスポーツのビックイベントが目白押しだったが特にモータースポーツは祭典の日であった。インディアナポリスでは、アメリカのカーレースで最高峰とされるインディー500が開催。インディーは以前日本ではTBSが地上波放送していたが今はCSでの放映権はガオラ(毎日放送系)、地上波放送権は日本テレビが持っている。

実はTBSと毎日放送というのは同じ系列局でありながら仲が良くない。何せ毎日放送は日テレとの方が仲が良い位だ(これはイヤミです)因みにNFLの放送では異なる系列のメディアが協力体制を取っているが特にガオラと日テレ系のG+はスカパーセットの事情もあり非常に良好な関係を保っている。

昨晩はそのガオラでインディー500の生放送をしていたがF1やル・マンがカーレースの入り口だった私にはオーバルコースという陸上競技のトラックコースみたいな場所でグルグル回り続けるアメリカ式のモータースポーツには違和感があったのだが、見始めてみるとこれが実に面白い。最近ではF1よりも楽しみにしている位だ。今日のインディー500も劇的な展開の連続で間違いなくインディーの歴史に残るであろう物凄いレースになったが実に刺激的で面白かった。

そしてガオラでのインディー500中継が終了後、間髪入れずに今度はG+でNASCAR中継の生放送が始まった。見事な連携である。今日はシャーロットでNASCARの最高シリーズである「ネクステルカップ」前半最大の山場であるコカコーラ600が行われた。アメリカの複雑なカーレース事情に関してはウィキペディアに詳細に記されているので説明は割愛するがアメリカでのNASCAR人気は尋常ではなく我々の想像を遥かに超えるものとなっている。コカコーラ600もインディー同様信じられない様な大観衆の前で行われていたが非常に面白くツイツイ寝る間を惜しんで完徹状態で最後まで見てしまった、今日これから仕事なのになぁ…今日はカーレ-スの醍醐味を満喫した一夜となった
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  by mf0812 | 2006-05-28 13:59 | スポーツ

突き抜ける拳、輝く

今日は朝方の仕事だったので帰宅後時間を結構作る事ができたので道営と大井に手を出したがこれが完全な裏目に。特に大井ではメイン前のレースで大きく勝負に出たのだが、張田騎手鞍上の軸馬がスタート直後に躓き落馬し一瞬にして馬券がパァになってからスイッチオン。ここから必要以上に熱くなり半ばヤケ気味に馬券を買ってしまったのがマズかった。終ってみたら精神的にかなり凹むくらいの大負けに。19時頃の段階では「今日は寿司でも取るかなぁ」なんて思っていたのにナァ

競馬しながらであったが今日は昼間から漸く片付けの終った新装なった我が部屋で取り貯めていた映画や海外テレビドラマにライブ、そして読みかけの本に聞く暇の無かったCDなどを聞きながらノホホンと過ごす。そんなまどろみの中、ネットで良く見ている格闘技関連サイトのニュースコラムで亀田兄弟の長男がクラスをワンランク落として世界戦に挑戦という話を読む。個人的には少し早いんでないかなぁというのが素人ボクシングファンとしての感想だ。長男のボクシングを見るに、あれだけガードが高いと言う事はボディーに絶対的な自信があるか、もしくはチンに弱点があるかのどちらかだと思うのだが、その辺が確かめられぬままにいくらウェイトが軽い相手との試合とは言え舐めてかかると痛い目に合いそうな気がする。今度長男の相手になる選手はミニマム級を主なフィールドとしている選手だが、ミニマム級だとは言えパンチの破壊力は世界トップクラス。今までのジョバー相手との試合では味わえなかったテクニックや勢いもある。折角の原石なんだから陣営も大事に扱えばいいのにと思うが、漏れ伝え聞くところによるとまぁ事情が事情で如何ともし難い事になっている。ここから先は協栄の政治力とテレビ局、広告代理店に芸能プロダクションのコングリマット式の利益共有複合体のコントロール下でどこまで傷を付けずにいけるのかが、彼らの勝負になるんだろう。

因みに今の日本には日本ボクシング史上、いや世界ボクシング史に残る素晴らしいボクサーがいる。その名は長谷川穂積。今度この間選手として劇的な復活を遂げたデラホーヤがプロモーターとして開催するというボクシングワールドカップのメイン選手としてその名を上げられている。世界のボクシングの世界では長谷川のポジションはトップ中のトップである。日本では亀田選手達に比してなかなか日の目を見ない長谷川選手だが、彼はアジア人選手の中で唯一今ラスベガスで興行を打っても遜色ないチャンピオンである。こんな素晴らしいボクサーと同時代を過ごせている幸運に感謝だ
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  by mf0812 | 2006-05-20 14:01 | スポーツ

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