アメリカを見つめる眼 イーストウッドの視座

アメリカ人なら誰もが知っている若い兵士らにより星条旗を掲げた一枚の戦争写真。カメラマン、ジョー・ローゼンタールが撮ったその写真は第二次世界大戦の勝利を最も象徴的に切り取った珠玉の作品として今も時代でもアメリカ国民の中に刻み残されている。この写真の背景にある隠されていた残酷な真実を描いたのがクリント・イーストウッドが監督した最新作「父親たちの星条旗」である。

一見プライベ-トライアン風の映画に見えるが、この映画アメリカにとって誰からも文句の出ない正義の戦争であった第二次世界大戦を追憶する美化された戦争映画でなく普遍的な国家と個の関係について言及した辛口な人間ドラマだ。未見の方もおられると思うのでストーリー説明は割愛するが、この作品でイーストウッドが訴えているのは、いつの時代でも政治によって戦争は歪められ、若者はその最初の犠牲者となるという悲しい事実である。『政治家は戦場の最前線にいる者の運命よりも己らの権力を行使保持する事にしか関心がないのだ』イーストウッドは静かに映画の中で語っているが、言うまでもなくこの映画は60年以上前の戦争の話を描きながら、今現在行われているイラクやアフガンでの戦争に関しても言及しているのである。硫黄島の戦闘で亡くなった両軍兵士の平均年齢は19歳。イラク戦争でも戦場で命を落としている兵士の平均年齢は20代前半だ。

映画の中ではネイティブアメリカンの若者が戦場から帰った後も政治に愚弄され心身ともに傷つき疲れ果てていく姿を静かにそして残酷に映し出していくが、こうしたマイノリティーの若者が犠牲になっていくという構図も当時と今も全く変わっていないし、メディアによって戦争の英雄が作られていくという様も変わらない。

旗を掲げた若者らを襲った悲劇とイラク戦争で話題になった女性兵士のジェシカ・リンチや元NFLプレイヤーでありながら高額のギャランティーを蹴ってアフガニスタン戦争に志願し戦場で亡くなったパット・ティルマンの例が激しく重なる。リンチの場合は例の救出劇が捏造であった事が判明しティルマンの場合も戦闘でなく友軍兵による誤射により亡くなったにも関わらず軍がその事実を把握していたのに事実を隠蔽し続け、テロリストとの戦闘によって勇敢に亡くなったとメディアに喧伝し国威発揚に利用した事が後になり遺族の追及により判明した。

そう、歴史は繰り返す。イーストウッドは声高でないが、事の本質を静かにそして冷徹に描き出す。今作ではその姿勢が今までのどの映画よりも徹底しているのが印象的であった。

イーストウッドは、今まで敢えて戦争に関してその本質の議論からは距離を置いてきた。過去に数多くの戦争映画に出てきたがそれらの多くはあくまでも娯楽作品としての戦争映画である。彼の作品にはベトナム戦争が一切出てこないのは偶然ではないだろう。彼は今までベトナム戦争に対してハリウッドでは珍しく積極的な態度表示をしてこなかったが、丁度マネーメイキングスターの座から半分下りかかった80年代後半に入り彼の姿勢に微妙な変化が出始めていたのを私は感じていた。

80年代後半以降のイーストウッドは自らの映画人生を総括でもするかのように、過去の自分へ決別するかのようにある意味で自己否定ともなる様な作品を作り出し始める。彼はまず「バード」でチャーリーパーカーという破天荒なジャズマンの生涯を描きながらアメリカ社会に横たわる人種差別の問題を抉り出し「ホワイトハンター、ブラックハート」では現在のハリウッドシステムへの皮肉を込め、「許されざる者」では西部劇のヒロイズムを完全否定し「ミスティックリバー」では自己防衛、復讐、因果応報というアメリカ社会に未だ残る考え方に疑問を投げかけ「ミリオンダラーベイビー」では遂にアメリカ人の宗教観、死生観にまで静かに踏み込んでいった。

そしてイーストウッドは今作にて「アメリカンジャスティス」「アメリカンヒロイズム」とも呼ぶべきアメリカ社会に根深く存在しているそうした英雄思考をモノに見事に完全否定した。ハリウッドで映画スターとして名声を築き上げてきたイーストウッドが辿り着いた先がこの「父親たちの星条旗」かと思うと個人的に極めて感慨深い。そして12月にはアメリカのメジャー映画が今まで完全に避けてきた、戦争の相手側の心理を冷静に描いた「硫黄島からの手紙」が公開される。映画人イーストウッドは、老いて尚盛んに今のアメリカを鮮やかに切り取り、スクリーンにそれを刻み続けている。常に今の時代を見つめつつ、批判精神溢れる視点を欠かさないイーストウッドの映画魂に衰えはない。いや、衰えどころかマスマス磨きが掛かっている。改めて言うまでもなく私の今年度ベストワンは今作に決定した。
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  by mf0812 | 2006-11-09 16:37 | 映画・ドラマ

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