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追悼 吉村昭

どうも今年に入り、私が好きであったり敬愛している方の身に不幸な出来事が続いている。今日もまた私が愛してやまなかった敬愛する作家である吉村昭氏の訃報を聞く事になった。記録文学の第一人者という評価をされることの多かった吉村氏だがその作品の多くが映像化もされている。最近の作品でいなら、やはり最近これまた鬼籍に入られた名匠今村昌平監督の「うなぎ」の原作が吉村氏の作品であった。

芥川賞には4回ノミネートされるも受賞はならず、しかしその作品の輝きに何ら影を落とすモノではない。「魚影の群れ」「破獄」「戦艦武蔵」「ポーツマスの旗」「漂流」…扱うテーマに時代の幅は広く、焦点を当てる人々への視線は常に優しく、そして暖かく、しかし厳しい批評家としての面をも併せ持つ。緻密な取材、数多くの関係者へのインタビューロケハンを繰り返してその人物を掘り下げていく手法から生み出される物語の重さ。そして吉村氏の作品には何故か初期の頃から「死」に纏わる描写が数多く見受けられた。

私は青年期、体調の事などもありいろいろと思い悩む事の多かったそんな頃合に、吉村作品と出会った。太宰の描く「死」の甘さと違い、氏が描くそれは常に厳しさがあり、そして苦味を伴うものであり、仄かな甘さなど全く伴わないものであるが、当時に「死」と対比して描かれる「生」もまた死と同様に苦く、厳しく、そして切なく描かれる事が多かった。そんな厳しい生と死の描写に何故か私は強く惹かれた。

私の生涯の一冊「海も暮れきる」は吉村氏が中期に書かれた名作で、さすらいの俳人・詩人である尾崎放哉の生涯を描いた作品である。575調に囚われない自由律俳句の代表俳人であった放哉はその人生もまた誰からも束縛される事の無い自由さを持ち続けながら、一方で自由であるつづける為に多くの代償をも背負った人だった。

道を踏み外しながら、次第に浮世から逸脱し、何処にも所属できない放哉の生涯を責めるでもなくそして美化するでもなく淡々と描く。そんな吉村氏の筆致に私は痺れた。初読当時、自分自身を放哉に投影し、一人夜に嗚咽を漏らし泣きながら読みふけった事を昨日のように思い出す。死を選ぼうとすればいつでも選べた筈の放哉、しかし彼は生きながらえ、正に生を漂流しながら、どこにも属する事無く、彼が心の底から搾り出す美しい言の葉を連ねた詩を遺す。そうした放哉の生涯を繊細に描きこむ吉村氏の表現に惚れ惚れとするより他は無い。

“咳をしても一人” 尾崎放哉

そして今はただ、合掌。吉村氏のご冥福をお祈りしたい。
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  by mf0812 | 2006-08-02 00:00 | 書籍

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