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巨星堕つ 今村昌平氏 死去に寄せて

日本映画界が誇る巨匠今村昌平が亡くなった。剥き出しの人間を貪欲に描き続けてきた今村監督、老いて尚パワフルな作品を生み出し続けていただけにこの死の知らせには正直驚いた。当店は小型店にしては結構今村昌平作品を置いてある方だが、個人的なベストオブ今村昌平といえば店にはおいてないのだが「人間蒸発」という作品になる。

この映画は今村昌平が手掛けた唯一の劇場用ドキュメンタリー映画。現実に失踪した人間の行方をその婚約者と共に監督の分身としてレポーターに俳優の露口茂を起用し日本全国を歩き追い続けるその取材過程をフィルムに残したという異色作である。婚約者が突如蒸発してしまった早川佳江さん。彼女は勤め先の社長夫婦から持ち込まれた縁談に応じる。その相手が蒸発してしまった大島さんという男性だった。仕事熱心なセールスマンで実直な好青年という大島氏に佳江さんは惹かれ、大島氏も好感を持ちそのまま二人の仲は進み婚約を交したたものの結婚式直前になりその大島氏が突然に姿を消してしまう。彼女は警視庁鑑識課の家出人捜査官を訪れたりして必死に行方を追うが一年半を経ても不明のまま。今村昌平が早川さんのことを知ったのはこの頃で早川さんの身辺の事情をくまなく調査した今村は大島氏の失踪以来自分の殻に閉じこもってしまった早川さんを説き、大島氏の消息を彼女と一緒に尋ねるとともにその過程を映画にすることになった。

その取材過程で出てくる大島氏の本当の素性、日本の地方に散見していた土着型の複雑な人間関係、因襲に囚われる日本の風土、これでもかというほど人間の嫌な面と愚かさ、そして悲しさが画面の中で繰り返される衝撃。黛敏郎の音楽に乗せ、いつしかカメラの中の彼女の興味が大島氏から失せレポーターである俳優露口との距離感が急速に危うくなり始める辺りから映画は予想不能の展開にナチュラルシュートしながら進んでいく。現実と虚構がない交ぜになりその境界線が消えていくスリリング感が見ている方を刺激していく。

この映画を見終えて思うのは映像メディアに客観性など存在しないという事だ。カメラを置いた瞬間に被写体にとってそれは主観でしかない事をこの映画は知らせてくれる。ドキュメントバラエティの先駆けともいえる今作品は数十年前に制作されたにも拘らず昨今問題とされているテレビメディアの本質までをも切り取ってみせ、そして人間とは何かという今村が追い求める永遠のテーマを鮮明に映す。巨星今村死すともその作品は永遠に輝く。今週末は今村監督の死を悼み氏の作品を改めて見直す事になりそうだ。

  by mf0812 | 2006-05-31 13:56 | 映画・ドラマ

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