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柴田政人氏の教え


チョコチョコ競馬をやっていると、素人のクセしてついつい騎手の騎乗法にガタガタ文句を言いたくもなる。私も昔はそうだった。

以前、私がインターネット上で書いている競馬ジャーナル日記内で競馬ライターもどきをやっていた事があると書いたが、その時一度だけ本物の騎手にインタビューをしたことがある。その名は柴田政人現調教師。まだウィニングチケットでダービーを制覇される前だったと記憶している。話のテーマはそのダービーについてだった。

本来なら私がフリーライターもどきとして契約していた今は亡き某競馬雑誌の正社員ライターが行くべき筈だったのだが、諸事情が重なり何の因果が私にそんな大役が回ってきた。その会社と契約していた際、後にも先にもそんな名誉な仕事はそれきりだったが、大変貴重な経験をさせてもらったと感謝している。

確かG1シーズンの前冬の終わりだったと思うが、専属のカメラマンと私と同じ様な立場にいたフリーランスライターと三人で朝早く美浦に向かい、1時間程度の時間を頂き話を聞いた。柴田さんは私の想像通りシャイな方だったが、私らのような素人丸出しの人間に対しても、非常に優しく応対していただき本当に嬉しかった事を今も鮮明に覚えている。

行けなくなった記者の方から預かった一通り聞かなければならない事を聞いた後、雑談のような感じになり、結構フランクに話をさせてもらえる時間を過ごせた。そこで私は、ここぞとばかりに普段思っている競馬の騎手の騎乗に関して、かなり突っ込んだ質問をさせて貰った。今にして思えば20ソコソコの若造相手に良く話をしてくれたと驚くばかりだが、その時の柴田さんの話が、その後の私の騎手の騎乗方法に関する考え方、捉え方を一変させたのは間違いない。

まだ札幌では芝コースがなかった頃だったと思うが、馬の名前は失念したが(確かシャダイカグラだったかと記憶している)前年その札幌のダートで行われた新馬戦で快勝したその馬を例にして、柴田さんが脚質の問題やレースペースの話を私に解説してくれた。

その時何に驚いたかと言えば、その内容に関してというよりも、我々レースを見ているしかない人間は、レース中、馬と騎手の間に起きている事柄を何も分かっていないんだ、という事だった。馬のこと、もっと言えば乗馬とは何ぞやというレベルの話にまで遡ってくるが、あの空間では我々の知る由のない非常に繊細で緻密な出来事が瞬間瞬間で繰り広げられているのだという事だ。

私がその時悟ったのは、競馬ライターとはいえ所詮は素人。下手に分かった風な体で知ったかぶりをして、騎乗方法に関してくどくどと御託を並べる事ほど馬鹿げた話はないと、そしてそれを批評するほど、虚しい事はないと、それが分かった事は私にとって他の事に引き換えられない素晴らしい収穫だった。

この話を聞く前までのそれまでの私と言えば、競馬知り始めた素人に良くありがちな、レース見てあの騎手は下手だとか、だからダメなんだとか、したり顔で言っている馬鹿な素人の典型だった。ただ勿論、馬券を買っているだけの普通の素人ならそれでいい、と、言うよりもそれが極めて健全な普通の言動だと思う。ただ当時の私は本格的にモノ書きとしてやっていこうと野心に燃えていた頃であり、(今はその夢も破れたが)勿論競馬ライターという仕事にも憧れていた時期でもあり。プロとしてやっていこうという私に柴田さんの言葉は重く、そしていきがる私に鉄槌を浴びせてくれた。知らぬ事を知った振りして書くのは、公的な場でも私的な場でも止めようと固く誓ったのはその時からだ。

私はインタビュー後、別れの際に素直に「何も知らない自分」を恥じ数々の失礼な質問をした事を謝った。すると柴田さんは笑いながら私の肩を叩いて「プロの記者だって分かるヤツなんていないよ、テキ(調教師)だって、それに乗っている俺だって分からない事だらけなんだから。結果が出た後は誰でもなんでも言える。だからこそいいんじゃない」という温かい言葉だった。

競馬において最大の楽しみは、予想のプロセスを論じる事であると私は思う。しかしそのプロセスにおいて、私は出た結果が全てとして考えるようになった。騎手の巧拙の見極めなどは、素人の私より使用者側である調教師や厩舎スタッフ、そして騎手同士の評価が絶対的に優先するのは自明の理であると。だからレース後の関係者コメントが非常に大事になってくる。その時柴田さんも言っていたが、概ねの真実はレース後の関係者コメントに表れていると。

確かに十数年も競馬を見てくれば「レースを見るプロ」的な要素は備わってくるだろう。こんな馬券の当たらない私でも少しくらいは何となくは分かる。自分の買った馬が必要以上に後方に待機していたり、道中で引っ掛かっているのを見ると、「あ~あ」とか「何やってんだ、××!」と叫ぶ事も沢山ある。しかしそれも競馬なのだと。年間150勝以上する武豊騎手ですら騎乗する70%以上のレースでは勝てずに終わる。それが競馬であると。

出遅れる事の多い蛯名騎手にせよ、出遅れた際無理に乗り、頭を落とす、連に絡まないケースが多いという事象に関して馬券を買う際に留意はするものの、だからと言って年間100勝という結果に関しては、いささかの紛いはない。年間で100勝する事の大変さ、凄さは今更言うまでもない。

秋の天皇賞を見終わった時、ふとこの柴田さんとのインタビューを思い出した。そんな秋の夕暮れである。

そして今夕、悲しき話を聞き、またこの話を思い出した。私は基本的に職業に貴賎は『ある』と思っているが、私の様な社会的倫理スレスレの最低レベルでありしかも命に別状の無い仕事を営んでいる人間として、彼ら騎手の仕事には最大限の敬意を持たなければな、と改めて思う次第だ。その上で「ちゃんと差せ!××!!」とレースを見ながら叫びたいなと。今言える事は、ただそれだけである。


2004.4.2 再掲

  by mf0812 | 2004-04-03 00:41 | 競馬

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